Hindy Quest

はじめてのたたかい

調味料

今日は2020年10月30日。今日のテーマは調味料で行こうかなと思っています。

料理に使う調味料とかあると思うんですけど。
たくさんあってなんだかよくわかんないんですよ。色々覚えるの面倒くさいし。試験に出る英単語じゃないですけど、重要な調味料から順番に並べて、上位陣がうまく使えれば、それでいいかなって言う感じで理解してるわけなんですけども。

第一調味料、一番万能な調味料っていうのは、結局塩なんじゃないかな 思っています。
塩も本当どんな材料も、とりあえず塩をかけたら食べれるっていう恐るべき調味料で。
地球の表面を覆ってる海は、塩水だっていうことと、関係があるのかよくわかんないんですけど。
塩分は必ず必要らしくて、どうしても塩が一番っていうことになるんですけど。2番目は酢だと思ってます。何にでもかけても OK な調味料で。よくほらカクテルとかあると思うんですが、カクテルってほとんどが蒸留酒と柑橘系の組み合わせなんですね。そこにちょっと塩とかみたい。ソルティードッグとかそうなんだろうけども。あのチューハイとかハイボールとかも、結局そんな感じですね。蒸留酒であるウイスキーとか、焼酎とかと柑橘系と、そうだねちょっと塩かけたら、後は酸っぱいやつですね。柑橘ですね。柑橘が、多分人間が料理とかする前から、調味料として使われてたんじゃないかなと思ってるんですよ。猿も柑橘系を絶対調味料として使ってたんじゃないか。という仮説なんですかね。あれのおかげでね、他の動物に対しても酸っぱい攻撃とかできるじゃねーか、ピッて飛ばして。そういうのとか覚えて優位に立ったんじゃないかなと、人類進化論的にと思ってる。2番目の調味料ってのは酢っていうふうに理解してる。後はだいたいハーブスパイス系でしょ。 スパイスって言うと、もう圧倒的に胡椒とクミンだ。何にでも胡椒とか。あとインド料理は全部クミンかかってそう。ありとあらゆるものにあの辺強烈興味はね ハーブがやはり香菜=パクチーでわさび。この辺は抜群に肉に合いますね。ネギ大好きなんだけど、ネギはどこまで調味料だろう。これはハーブだよね。

微妙な手料理をだいたいとりあえず、旨味さえなんとかなれば、あとこの辺の物を適当に組み合わせれば、何とか味がつくっていう風になってんだと思うんだよ。塩と酢とちょっとハーブスパイスみたいな。そんな感じのことで、本当に食べるものに関して、美味しいもんは好きなんだけど、実は適当な感覚で バクっと捉えている。 そういう話でした。
では 。

AIと将棋の進化

今日は2020年10月29日です。 面白い記事のブックマークがあったので、それについてブログを書きます

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/originalnews.nico/281224

記事は将棋 AI についてですね。

将棋AIの最前線で活躍していた、お二人に対するインタビューなので、現在の将棋プロの将棋と将棋 AI の色んな関係についてかなり深く突っ込んだ内容になっています。非常に興味深く読ませて頂きました。

かなり難しい部分もあるんですが、これはどうしようもないんで

将棋 AI が発達することによって、将棋はどう変わっていくか、ということについてもかなり突っ込んで議論されています。

あとすでに解析はだいぶ進んでいるオセロとかですね。AI で先に人類を負かしたチェス AI の除雪。 AI の進歩によるチェスのプロがどういうことをしているかについてのですね。内容も非常に興味深かったです。

プロになってくると、もう定跡とかについては変化が細かく調べ尽くされているので。いかに相手の知らない局面に持っていくかっていうのも勝負術としては重要になっているようです。
コンピュータ将棋的には若干評価値が下がるような手をあえて指して、相手が知らない局面に誘導して。確かにコンピュータ的には AI 的には若干評価値が下がるだけれど、人間同士の対局としては結構全然勝負な範囲。ただ先にコンピューターで調べつくした、自分にとってよく知り尽くした局面に誘導する。これも十分ありな将棋の対局の仕方だなと思うんですけれども。
オセロで起こっていることは、やがてチェスやそして将棋の方にも起こってくるんだろうなと思いますので。
まだプログラマーとプロが、タッグを組んだような形で将棋の研究を進めていく。そうした方法についてもかなり具体的に突っ込んで、詳細にディスカッションされていました。
我々が関心を持つのは、それが将棋以外の分野にここで研究されている、ここで語られているような内容が、応用されてくるかっていうところに、最終的な関心があります。
将棋自体の話も非常に面白いんだけれども、やはり CPU と GPU の問題ですね。 GPU っていうのは結局のところディープラーニングで活躍するわけです。

なんでもかんでもディープラーニングではうまくいかないことも最近よく理解されてきたところなんですが 。
CPU 中心にマシンラーニングをやるのか、 GPU 中心にディープラーニングとかをやって行くのかっていうところですね。
結構その辺の差みたいなところも興味がある。ディープラーニングが必ずしも万能ではなくて 、CPU を軸にしたマシンランニングはまだいろいろあるわけですから。
それを駆使していくっていうのはいろんな分野でまだの有効なんじゃないかなと思っています。
ディープラーニングある意味簡単に応用が利くんですね。
それで、あっという間に広まってある程度の結果は出すと思うんですけれども。まあまあですって感じの結果になってしまうことも結構あるんじゃないかなと思っています 。

原点でありディープラーニング以外のですねマシンラーニングって専門知識とかうまく組み合わせれば、かなりの破壊力あるんじゃないかなって思っています。

この記事を読んで人間のやることってなかなか面白いなって思いました
では 。

お休み

2020年の10月28日です。
今日のブログは昨日の続きを書こうかなと思ったんだけど。
昨日も本当は1日でぱっと、まとめて書けるぐらいかなと思ったんだけど。話し出すと長くなっちゃって、結構簡単に喋れるもんだと、なんか長くなっちゃいがちだよね。

そんなわけで、今日は休憩ということで何も書きません。何も書きませんとか言っときながら書いちゃうと思うんだけれども。
頭の中にあることって、出す前に思ってたのと、出してからで、結構違うなっていうの感じました。
普段考えてたり、思ってったりすることだから、ま大体の全体像って見えてるつもりになってるんだけど。実際に喋ってみると、出てくる出てくる。こんなに出てきた。意外と分量が多い。

本当5分ぐらいでぺろって喋ったつもりなのが、香推敲して校正とかしてると、1時間ぐらいかかっちゃって、結構な分量になってるんだよね。

まああまりそれをやると疲れるから 、短めにしゃべるようにするっていうのも変だし。

どうしたらいいのかね。

まっというわけで今日はお休みです。
では。

華僑が作った大日本帝国 ①

本日のテーマはですね。 大日本帝国と華僑ですかね。 華僑が作った大日本帝国ぐらいにしときましょうか。

我々が生まれて、物心付いた時には、大日本帝国というのは、滅亡してしまって存在していなかったわけなんですけれども。それが育った国は日本国ってことになっていまして。大日本帝国は戦争で負けて解体した。 歴史の時間とかで習うところですね。まあ跡形もなくあのなくなっちゃってるわけなく、もちろんいろんな意味で、巨大な帝国が滅びた後の残骸はいっぱい残ってはいるわけなんですが 。

それはどういったものであったのかっていうかその起源ですね。どこから生まれたのかっていうのは歴史を調べていくとですね、随分と不思議なことが起こっています。明らかに明治維新以降の日本史に登場してくる大日本帝国は、江戸幕府を全然継承してないんですね。江戸幕府から発展的に生まれたものとか全く違う原理、違う組織構造、違う考え方に基づいて構築された帝国なんですね。

極めて中央集権的であり、強力な官僚機構の国家。 また。 周囲の国々にもですねその存在を強烈にアピールしてガンガンガンガンと戦争していくわけなんですけども。その大日本帝国があまりにもその徳川幕府と違いすぎないかっていうことですね。やはり気になるところですね

さて。

大日本帝国、帝国明治維新の辺りの歴史を追っていきますとねちょっと気になるポイントが一つあるんですね。
戊辰戦争」。 ちょっと意味わかんないですね。どうしてこの戦争をこの干支にあった戦争っていう言い方するのか 。

この現象面白いですね。
つまり大日本帝国明治新政府の建国にあたる戦いなんだけども。それは干支で、この年だって表現してある。
これすごいクリアに出てますね。
江戸幕府ができたのは関ヶ原の戦い大阪冬の陣夏の陣。

つまりその 大きな国家が成立している時の原点になってるわけですから。それを語るときに、どういう語り口で時代を語るかっていう時に、戊辰っていう干支で表現するってのは非常に驚いたですね

日本史ではこれ以外に壬申の乱しかないですよ。

もっと他に戦いあったじゃないか。

壇ノ浦の戦いとか。
出てこないかな、太平洋戦争とかそういうもっと新しいやつでもいいけど。

なんとかの役ってモンゴルが攻めてきたやつありますね。元号使えましたね。

干支で表現するっていう。 ひとつ象徴的に何か違いをこう際立たせたなっていう気がしました。元号っていう方法もあったわけですし。場所で表すとかもよくあることだったわけなんですけど 。

もう一つ明治維新を成立させているイデオロギー理念と言いますかイデオロギーをですね 。どういうものだったのかっていう事を調べられているわけなんですけれども

イデオロギーをよくよく確かめていくと尊王攘夷とかって言う。 明治維新のころね出てきたイデオロギーは水戸で結構発達してるんですよね。

水戸松平家徳川御三家のひとつ。 そこで幕府を否定するイデオロギーがつくらてられて行ったっていうのが面白いですね。反則ですよね。あの死刑になっておかしくないぐらい。

鬼滅の刃と障害者とLGBT

じゃあ、今日のもう一つのブログのネタとして今流行っている「鬼滅の刃」について書いておこうかなと思います。

鬼滅の刃」が流行ってるって話を最初に聞いたの去年のどっかだと思うんですけど。
特に見てはいなかったんですが。年末に休暇に入ってネットで一気見したんですね、まとめて。
どこだったか忘れましたけど、配信サイトでいっぺんに見ました。一気に見れるぐらいの面白はあって、非常に綺麗に作ってあって、手を抜いたって感じなかったし、非常に楽しみましたね。

その時もいくつか何か思うところがあって、荒木飛呂彦の「ジョジョの奇妙な冒険」の影響とかね。あとなんとかね「るろうに剣心」みたいな時代設定もや犬夜叉的な感じのところ

でもアニメを見て、その続きの漫画を追っかけるかって言うと、それはしなかったですね。 単行本買うとかしなくて、同じ作者の短編集っていうのが出てたので、また作者に興味があったって感じで、それを買いまして。「鬼滅の刃」の元になった話「過狩り狩り」っていうのがこの短編集に載ってるんですけれども。それを読んだんですね。他の短編も読んだんですけど、他は基本舞台は現代で、直接「鬼滅の刃」に関係するかな、みたいな話はすぐには見えないですけど。「過狩り狩り」の方はもう本当に「鬼滅の刃」の世界観とかなり共通していて、共通の登場人物も約2名ぐらいいたりとかしまして。インパクトかあったんですね。どんなインパクトかって、まず話が。わかんないんですよね、5-6回読み返さないと。読み返してみると、これはアニメでやってる7-8話分ぐらいですか。単行本数冊ぶんぐらいの内容が30ページぐらいにまとめられていて 、詰め込み方が尋常じゃないんですね。もちろん説明文が長く書いてあるわけじゃなくて、絵で語ってるわけなんですけれども。それだけ構成もこだわって作ってある。凝縮された作品を、わかりやすく何巻にも広げたというのは、ジャンプ編集部がそれだけコンサルティングみたいなことをしたんだなっていうのは誰が見ても分かりますよね

であと今回のブームの前ですけども。今年の春頃に漫画の「鬼滅の刃」が連載終了してまして。最終決戦っていう時期に入ってるって言うのちょっと聞きつけましてすね。
途中を全然読んでおらず、ストーリー知らないのに、最初の方のアニメの知識だけでその毎週連載されるジャンプの最終決戦を読んだんですね。10話ぐらいあるんですかね。私はそのそういうドラマでもね途中から読み始めて途中で終わったりとかですね。最初と最後だけ読むとかですね。全部見る事にこだわらないので。途中が抜けてたら嫌だとかっていうのあんまないんで。途中だけ読んでこの先や前はどうなってんのかとか、適当に想像しながら読むっていう、ちょっといびつな楽しみ方をしていまして。途中2巻だけ手元にあったりすることよくあって。他は入手不可能みたいなことあって。そういうのって全部揃えて、今だと大人買いすれば全部揃うじゃないかとは思うし、一気見すればいいじゃないかって思うんですけど。必ずしもそれができるわけじゃないし、それをやるって言う のがめんどくさいって。基本的にコレクションしなきゃなんないっていう義務があるじゃないか。別に取っとくっていうか買えとかいうことじゃなくて、毎週毎週連載を読まなきゃいけない、ドラマを見なきゃいけない、とかって。最初から最後までやるのは仕事だけで、十分。エンターテイメントなんだから、別に最初か最後とか途中だとか、自分の好きな時にやらしてくれよ、っていう気がしてるんで。そういうふうに考えてるので、全部見なくてもいい。どっちかって言うとその関係ない裏話とか適当に読んだりとか、途中から読み始めて途中で終わるとか。人生なんて途中で始まって途中で終わるもんなんですよだいたい。とかって思ってるんでそんなの適当に。作者が一生懸命作ってるんだから、見る側も一生懸命見ろよっていうのあるかもしれないですけど。それも一つの楽しみ方として許してほしいなと 。

まあそんなんで最終決戦の10話ぐらいかとかを読みまして。でまあ色々思うところを書きとめとこうかなと思っています 。

短編集の方から話をスタートするのが一番いいと思うんですけど。短編集に入ってる「過狩り狩り」っていう30ページ程の作品の主人公は、そもそも両目が見えなくて片腕。もう思いっきり身体障害者。作者があとがきかなんかで、障害があってもめちゃめちゃ強い剣士を書きたかった、みたいなこと書いてあるんですけど。もうちょっと手加減にしろよってね。剣士なんだから。この設定、「どろろ」とか思い出しますよね。障害者がめっちゃ強い。ちょっとね普通じゃないですけどね。

それが「鬼滅の刃」のルーツなんですけど。「鬼滅の刃」の主人公って別に障害者じゃない。ジャンプの編集者が、こういう暗い主人公じゃ少年漫画として難しいので、「過狩り狩り」のワールドの中に「その他の登場人物いませんか」と、聞いていくと、竈門炭治郎というキャラクターがいて、この子はこういう子でっていうの聞いて、それで「これは主人公になるキャラクターじゃないか、その子を中心に書いてみてください」みたいな感じでスタートしたっていうことなんですけども。これ良いコンサルティングだと思うんですが。ちょっと気になる点が。竈門炭治郎に別に障害はない。目が見えないとか耳が聞こえない、手がないとか足がないとかは全部ない。全部 OK 。痣が付いてたりとかっていうのはするんだけれども、全然五体満足のね。元気な元気な少年なんですよ。

なんか気がつきません。 アニメ見た人、漫画読んだ人。 一緒に連れてる禰豆子ちゃんっていう鬼にされちゃった妹がいるじゃないですか。普通はそのその子を人間に戻すために旅をしながら戦ってる、みたいな感じであらすじに書いてある。けど禰豆子ちゃんってほとんど障害者ですよね。昼間は籠ってというかランドセルの中に入ってんですよね。 炭治郎の後ろで、ちっちゃくなってるんですけど。歩けない何も一人でできない。目も見えてないわけですよ箱の中にいるから音しか聞こえないわけでしょ 。口聞けないでしょ。なんでか知らないけど。禰豆子ちゃんは 。

昼間何してるかってと、炭治郎の世話になり、介護してもらってる。要介護等級が高そうな障害者状態な人に完全になってます。夜になるとムクムクムクッとか出てきちゃってめっちゃ強いって言う。 「過狩り狩り」っていうその短編集の元になった話のそのままの設定ですよね。
この表現の進化は上手いよね。やっぱ可愛い女の子の方法が受けがいいです。暗い青年の障害者の「過狩り狩り」と表現しようとする内容は全く同じですよね。障害がめちゃめちゃきついのに異常に強いって言う 。

だからここには障害者が隠れてるっていう風に言うと変な顔されたりもするんですけど。別に全然変じゃないですよ。作者自身が表現したいって言って書いている内容をそのまんまの禰豆子ちゃんじゃないすか。

でもう一つ、その禰豆子ちゃん、ちっちゃくなって炭治郎兄ちゃんのランドセルに入ってってるんですけど。ずっと一緒になってるんで、体の一部なんでしょう。ランドセル背負ってるって言うのはガンダムみたいな感じですけど。そういう格好ですから、二人で一人でしたね。でも二人で一人っていうのよくあるんですけど。目玉おやじの「おい鬼太郎」みたいな感じで。そこの構造がなかなか興味深くて、二重人格ともまた違うのかもしれないけど。炭治郎、男の子なのに中から出てくるのは女なんですよ。 しかもそっちの方が強いですから。ものすごく強くなってるわけで、一番強いのは自分の中にいる女の子ってやつ 。

これ 思いっきり主人公の中にLGBT の話入ってますね。
体は男の子で、一生懸命、男になろう、男になろうとするわけでしょう。長男だから、男なんだからこうしなきゃみたいなところがあって。
その中から女の子の人ぴょこぴょこって出てくるって設定面白くないですか。男になろうとしてるのにピンチになると女が出てくる。

ほんとそれ面白いなと思ってドキドキします。急に大きくなって。メルモちゃんみたいにスルスルってでかくなるわけですから。妹っていうことになってるんですけど。ちっちゃい子が入ってる。それがでかくなるんでセクシーなんです。そこって別に炭治郎は妹に対して性的興味を覚えてとかそういうことじゃないでしょ。彼女的な意識でもないと。単に自分が守らなきゃっていう妹として捉えてるんですけど。よくよく客観的に見てくると男のなかからセクシー美女が出てくるって言う。しかも強力な。男らしくやろうとか、長男だからとか言ってる割に、言えば言うほどそこからぴょこんと出てくる女の子、目立っちゃうよ。兄妹が一緒に戦っているって言う設定ですけど、キャラクターとして2人で1人だし。どちらも作者の分身として主人公合体してるわけです。これもうだから LGBT と障害者のメタファーがそのままキャラクターとして造形されているっていう事になるんじゃないかなって思うわけです。

おーすごいな。それはやはり現代的な主人公の設定だなっていうふうにそれ以上に思いました。あまりこういう風な話、聞かないし。そのままの兄一人だったら全然真面目なだけだしね。あえて長男だからとか、言わせてんですよ、作者は。そういう、男らしく生きなきゃみたいなプレッシャーを炭治郎にガンガンガンガン与えると、ぴょこんと女の禰豆子が出てくる。わざとやってんですよこれ明らかに 。「鬼滅の刃」の作者は女性だっていうことなんですけども。
かなりこの辺はこう LGBT 的な概念を表現してるなーって思いました。他に 一緒に戦う仲間ってんでイノシシの皮をかぶったイケメンの青年がいるけど。これもよく LGBT で出てくるパターン 。自分がイケメンであるがゆえに、イケメンであることが嫌いみたいな感じの。 外でわざとそういう風に。 かぶっているんですね。よくいますよねこういう人 。
それを逆に照らし出すように、もう一人善逸っていう女と見れば寄っていくっていうステレオタイプをかなり出してますよね。照らし出すようにその表現というかそこに焦点が合うように、その LGBT 的な課題に焦点が合うように他のキャラクター設定もつながってるんですよ。だから掘っていくと一人の人間の中に男性的な部分女性的な部分が当然あって、それが社会の色んな欲といますかプレッシャーによって、こっちにしなきゃ、こっちにしようとかっていう圧力はあるんだけれども。
現実にはその圧力に全て合わすことができなくて、壊れてぴょこんと出てくる、みたいなところをこう表現しているっていう。思いっきり途中の話を見てないので、鬼殺隊のいろんな柱のそれぞれのエピソードとかっていうのはほとんどみてないので、これが「鬼滅の刃」の本質だって言うつもりも全くないんですけども。少なくとも主人公とその最初の仲間たちのキャラクター造形の中にはそこら辺のことが表現されています。

ここまで強烈に表現されているので、もう誰か気づいてこういう論文書いたりするのかもしれないですけど。もうちょっとここで記しておくにはちょうどいいのかなって思いましたので、今日のブログの記事とさせていただきました。
では 。

議事録と音声認識

本来この音声認識は、ブログのために使い始めたのではなくて、議事録を作るために、「音声認識のアプリを入れてみよう」、ということになったわけなんですけれども。
そもそも音声認識が大抵のスマホに入ってるっていうのは気が付いていてます。しかしそんなにスピード感が出ていると感じてなかったし、精度はまあまあかなって思っていたんですけれども。実際に今回新しい音声認識アプリの方を使ってみると、非常にスピードも早く認識精度も高く使いやすいということで、それを今ブログの方の復活のトリガーにしたわけですね。そもそも議事録を書くために考えて使おうとした訳なんです 。

というのは仕事でも色々開かれたりすると思うんですけども会議ですね。重要な発言をしてディスカッションを中心になるとですね。書記っていう仕事と、会議の重要な参加者は両立しないんですね。いろいろしゃべってどういう議論との整理してとかっていうようなことをやってる間は、実際に書記としての仕事をするってはできないで、実際にはあの録音をしておいて、後でテープ起こしをするような感じになると思います。必要ならばですねあの最初から議論の参加者ではなくて書記専用の人間というのを設定してこないとそもそも会議ってできないんだというふうに思います。ところがですね、この音声認識がかなり発達してきますので、会議中の発言がでもどんどん文字に変わっていくことができますので 。


一人で会議でガンガン議論を発展させていて、そのまま録音と音声認識された文字で聞き比べて議事録作っちゃうと、一人で二役てきてますよね。なんか合理的だなって思いますね。書記って誰もやりたくないですしつまんない仕事なんですね。しかも秘密を守らなきゃならない会議とかがある場合、誰を書記として指名するかっていう問題が発生することがあるわけです。
もちろん書記がおければ一番いいんだけど、音声録音を後でテープ起こしをするのが非常に大変なので、録音だけあっても書記は機能しないんですね。
音声認識があることによってその録音が機能しますし、書記の役割を議論の参加者自身がやるって言うことができるようになってくる。会議の性質にもよりますけども、書記として役割を分けておくっていうことは基本的に正しいですよね。ただそれが必ずもできないっていうのもあるので、そのためにもこの音声認識は有効だと考えています 。


それで議事録の目的は果たしましたので、ブログの方にですね、これを有効活用してみようかなっていう風に思っ思ってます 。

で金曜日からにアプリを入れましたので、今日で四日目なんですけども。実際に毎日頭の中にあることね綺麗に吐き出すことができるってに非常にすっきりした感じになるので、これもいいかなと思っています 。
では。

AI口述一期一会

先週の金曜日にこの音声認識用のアプリを初めてインストールしてみたわけです。今までのキーボードで文章を入力するっていうことについて、そんなに苦しんでるって言うわけでもなかったんですけれども。実際40年ぐらいですか。初めて12歳の頃にタイプライターを使い始めて、そこから PC 8001 Mark Ⅱ。 EPSON とかシャーといったメーカーが昔出していたワープロ専用機その後 msdos のパソコン 。それ以外にもVAXとか UNIX とか環境をも使って。 キーボード入力でやって来てたので。だから仕事の場合はもうほとんどテキストエディターで大量の文章書いて、それをどんどん整理して、でかい database みたいになってますけれども。 キーボード入力を中心に仕事をしています。

ただプライベートで何か 語るっていう時にですね。同じやり方だけだとやっぱりこう仕事上に作った環境っていうのは非常に便利なものなので。そこに対してギャップのある環境で書くのはなかなかしんどいですよね。
「あれがあったら良かったのに」、みたいにすぐなるので 。リラックスした状況で、同じのことをなかなかできないもんですから。今回この音声認識アプリを使えるようになったので 、いわゆる口述筆記みたいな感じですけれども。ひたすら喋ってそれを5分喋って10分すいこうしてブログにアップする 。

多少他の時間かかったとして、30分もかからないで一本の記事が書けると思います。生活のリズムの中でそんなに負担になるわけでもないですし。
良いやり方なのかなっていう風に思います。

もちろん喋ってる時に間違ってる内容とか、あと音便や口語表現すぎて「読むと結構邪魔だよ」みたいなのとか 、「まあ」「・・だよね」みたいな感じの表現はまあ適当にカットして 。

あと方言的な表現とかもですね。私は整理したほうが読みやすいかなとは思うんですけれども。
基本的には喋ったままのリズム感と内容でやっていこうと。 キーボード入力の時に比べて文体がちょっと変わってしまう。逆に、ここで1度変えないとしょうがないかなと思っています 。

口語体/文語体っていうふうにいい慣わしてきてるにはそれなりの理由があって。 書いてる時と食べ喋ってる時っておそらくキャラクター違うよね。 もちろんそれは一貫している方が、良いには違いないんですけれども。歴史的ないろんな背景とかもあるんだと思うんだけれども。 なかなかひとつになりようがないんで。

書く手段が新しくなれば、文体が変わる=キャラクターもそこから作り上げていかないといけないのではないかという風に思っています。

読みやすい文章を口で語るっていうのは、それなの慣れがいるのかなと思っています。あまりにこだわるとせっかく口で喋ってるって言う事の、スピード感とか直感を活かした表現の仕方とかっていうのか潰されちゃう可能性があるので、その辺はバランスを取らないといけないんだけれども 。ひたすら何も考えずに、ベラベラベラベラ喋って暴走して行くのも、最初のうちはやっちゃおうかなと。

長いだらだらした文章が載っていて読み手の方からすると「すげーつまんねぇ」って事になって、誰も読んでくれないっていう可能性は非常にあるんだけれども。そもそも読者がいるってか、そんなにいるはずがないので。
その辺は気にせずに、まず実験的に口述筆記っていうのはどの辺ぐらいまで可能性があるのかっていうことを試してみよう。口述筆記って言っても、筆記者がいるわけじゃなくてそれは AI がやってるわけで 「AI を使った口述筆記の可能性を探っていく」というのを最初のブログのテーマと言うか主題にして。 それをやりながら文体を整えていくのがいいのかな。


慣れて、文体が安定してきたら、今、自分の中で 興味を持っていることとか。 関心興味関心の中で中心を占めていることなんかを書いていこうかな。「書く」と言うか喋って推敲する。口述筆記して行こうかなと思うわけですが。とりあえずこのやり方が面白いので、口述筆記そのものについて、ちょっと色んなトライ&エラーしてみたいなと思います。

新しい言語とか楽器の演奏とかでも何か新しいことを学ぶ時ってのは、とにかく試してみる事っていうのが凄い重要なので。
ピアノの練習曲だとバイエル。そういうのに代わるものを何か一つ用意できたらなーって思って。

ブログだとそれは基本的には読書日記とかなんだよね。何かを読んでその内容をまとめてブログで発表するっていう。 基本形ですね。自分の文体を作っていくときにまずそういうことからはじめる。小学校とかでやる読書感想文ですね。または新聞記事かなんかを一つ読んで、それについて自分のどういう内容があったかってのを、まずまとめて、それについてどう思うかってのを書く。 一日一テーマみたいな感じで。 そういうことも必要だと思っているんだけれど。

音声認識の可能性を探りながら口述筆記用の文体を作るっていう作業なので、どっちかって言うと、人と喋った内容を口述する方が良い。別れた後に、その人との「今日の話おもろかったよ」とか「こういうことあったよなぁ」みたいね。あとでどういう話をしたかっていうのを、まとめて口述筆記するっていうのが一番 自然かなと思っています。
だからそのためには人と喋んなきゃいけない。 口述筆記をするためには。

仕事の話とか、ここに書くつもりもないので、仕事以外の話題を。 家族友達同僚と喋ってその後、「今日はこんなこと喋りました」という内容を口述しようと。
それを積み重ねていくうちに、自分の普段の喋りとあまり違和感のない形で。 文体っていうのができてくるんじゃないかなって。 そういうことを考えましたので。

一期一会。 ですかね。 テーマは。

口述一期一会。
それでこれからやっていこうと思います。 では。