ダ・ヴィンチ・コードを超える謎

TVでダ・ヴィンチ・コードをやっていた。
内容は、「イエスの子孫が生きている」という神話を下敷きにした観光サスペンス。
古い家系にまつわる伝説ってのは日本でも皇室や浄土真宗の大谷家にかぎらずいろいろあるわけだけど、御先祖様が「水をワインに変えた」なんてアル中患者が考えそうな伝説を背負わされたら嫌だろうなあ。

神話でも伝説でも信じていられる間はいいんだけれど、そういった大きな物語がやぶれたところから実存の格闘は始まる。

実存主義のルーツ=キルケゴールも高名なキリスト教神学者だけど観光サスペンスには出てこないだろうなあ。キルケゴールの思想にはイエスに子孫がいようがいまいが関係ないからね。

私は3回キルケゴールの思想にであっている。
一度目は大学の牧師、二度目は浄土真宗の僧侶、三度目は経営学者として知られるピーター・ドラッカーを通じてだったね。

キリスト教系の大学だったので、牧師から神学者の名前を聞くのは当然だったし、ドラッカーの思想はきちんとよめばキルケゴールの影響がおおきいことはわかるし、西洋の学問は大半が神学がルーツになっているのでともかく、浄土真宗の僧侶は意外だった。

親鸞キルケゴールの共通点がちゃんとわかってきたのは自分の中では最近だもんな。その前から浄土真宗内でもキルケゴールブームとかがあったようす。
まあわかってくれば当たり前のこと。
ついでに長年にわたりキルケゴールの日本語翻訳をやっている人が実は親鸞直系の伝説を背負っている家系であることを知ったのはほんの一週間前。

実存の思想ってそこまで普遍的だったのか。当然といえば本当に当然だが。