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黒魔道の復活

ネパールで起こっている事

 個人的に長く関心を持ってきたネパールでは毛沢東主義派が勢力をのばし、対抗する国王は今年の2月1日クーデターをおこして絶対王政を復活させた。この事件がきっかけで社会秩序を成り立たせている鍵について再考することとなった。2月は偶然にもドラッカー日本経済新聞の「私の履歴書」を連載しており、そこで昔読んだ「経済人の終わり」を思い出すことになる。「国王はゴミの回収をきちんとやっているから私は国王による人権弾圧を支持する」なんて感じのネパール人の意見がなぜでてくるのかの分析は急務だった。「ネパール人は馬鹿だから」ってんではダメだからね。それはただの人種差別だよ。
ヨーロッパとネパールでは背景が違うが、ネパールで起こっている現象を手がかりにドラッカーの問題意識を整理するとキルケゴールの重要性がすごくよくわかる。
それは日本ではほとんど注目されないポイントだった。「経済人の終わり」にはすごいことが書いてある。ズバリ一言でいうと「黒魔道」だ。これは「プロパガンダ」とか「サブリミナルコントロール」みたいな低レベルの概念と一緒にしてほしくない。広告代理店の人間が暇つぶしに読むようなことでもない。ああ、最初に読んだときには気がつかなかった。「ベルセルク」の副読本みたいな内容だぜ。

現代日本へ

 んな感じでキルケゴールドラッカーの関係に注目していたところ、
ネット右翼現象」の中心人物の一人切込隊長が書いた「展望のない大衆の不満」という概念(id:Kanemori:20050311:p1)に触れて、現実の日本の状況と「自由と平等」への信条の崩壊という「大衆の絶望(ドラッカー)」との関係に引き戻された。日本に住んでいるもんでね。
 絶望が生み出すニヒリズム「生きていることに意味なんかあるのか?」人間はエイリアンに卵を産み付けられ、食われて死んでしまうだけの存在なのか。エイリアンの問題は今度にしよう。
そうテーマはまさに心の中の暗黒。

思想とは何か

 文明化が進むと個人の脳のスイッチをどんどんオフにしていったほうが文明全体の効率は良くなる。究極的には一人まともな全脳型の人間がいて、後は単機能の脳の大衆がいる形がもっとも効率的なわけだ。
 だから思想というのは考えてでてくるのではなく、その時の文明の欠陥により極限状況におかれた脳が生き残るために普段はオフにしているスイッチがオンにされることで出てくるものだろうと思う。ドラッカーナチスによる弾圧の結果、脳のスイッチが入ってしまったのだろう。現代文明の欠陥に最初に気づいたのがキルケゴールだったわけだ。日本ではまだ状況がぬるいので、するどい思想がでてこないのだろう。それはそれで幸せなことである。
 現代の問題を追及する思想家、それはもっと激しい人生を送っている人におまかせします。私はネタを探します。