巨大すぎて見えない双分制

双分制(dualism:人類学用語)は、どこにでもある。そして、それは、もともと、世界観や哲学だけでなく、社会組織と不可分なものだった。社会組織から分離して語るときには二元論という用語を使うが、双分制のほうが、ここでの主題にあうだろう。
双分制が、ユーラシアの乾燥化のフィルターをかけられて、特殊な形態だけが生き残った。梅棹忠雄は「文明の生態史観」の中で、ユーラシアを東北から南西に横断する乾燥帯とその歴史における役割について触れ、そこからあふれでてくる暴力とともに、彼の歴史観の中心にあることを明らかにしている。そこからユーラシア大陸に巨大な帝国が生み出されてきたことを指摘している。現在はモンゴル研究などが進み、中央アジアが歴史に果たした役割も、ずいぶん明らかになってきている。だがこの乾燥地帯が果たした、真の役割は、双分制にフィルターをかけて、適応したものを全世界に広めることだった。

「巨大なユーラシアの乾燥化に適応した双分制」は今まで、一度だけ発明され、最初に2元論的世界観のゾロアスター教という形で歴史に登場する。それはやがて、アレキサンダーの遠征とともに、広域に拡散する。
インドのパンテオン、十字軍、モンゴル。繰り返し、いくつものバリエーションを生み出してきた。イスラエルを支援することで、中東へ関与してくるアメリカ帝国はその最新形なのだ。
「文明」というヒトに寄生する奇病の副作用。われわれの一部となっているために排除できないパラサイト。
アメリカの場合は、ビザンチン(東ローマ)帝国と、


ガンダム富野喜幸は相変わらず、新作で同じテーマを描き続けている。(というより、ガンダム以外の仕事をさせてもらえないらしい。日本を代表するアニメ作家なのに、ガンダム以外では誰もスポンサーになってくれない。)
半村良の「戦国自衛隊」が「ベトナム戦争」であるように、富野喜幸の「ガンダム」が「中東戦争」であることをわれわれは知ってしまった。(スペースノイドという、「選民」によって作られた人工国家にジオンという名前をつけてたのだがら、とてつもない。)
虐げられたものが次の時代に、抑圧者として現れる。玉突きのように、悲劇は繰り返される。