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発想技法

日本で発想法とか情報の扱い方について意識されだしたのは、60年代ぐらいなのか。梅棹忠夫が「知的生産の技術」の技術を書いたのは69年。川喜田二郎KJ法もその頃。ふたりとも、京都学派の今西錦司門下からでてきていた。
60-70年代は、個別の創造技法・問題解決技法の揺籃期、やがてそれらはパッケージになっていく。技法は体系的に適用されて意味を持つのだから。
Triz、BSC(バランスト・スコアカード) EA(エンタープライズ・アーキテクチュア)。
昔、松岡正剛が「編集」をキーワードに動いていた。最近は「日本という方法」なんて言っている。西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」をだしてくるあたり。京都学派の一つのゴールなのか。
技法を層として認識している。