プロデュースがわかっているミュージシャンと、わかっていない(自称)ミュージシャンの格差が拡大していく理由。

これまでのアイマス的経緯や、VOCALOIDなトレンドを考えると、プロデュースを理解してないミュージシャンは、どんどん居場所がなくなり、マイリス率も下がっていくと思います。

逆に、プロデュースを理解しているミュージシャンは、ますますコメントが増えるし、たとえ運悪くランキング外にでても、何度でも復活するチャンスが得やすくなっていくと思います。

そして、後述するように、これは全ニコニコ的なトレンドであって、この流れを一時的に阻害するぐらいはできても、歴史の歯車を逆転させるようなことは、もはやできないと思います。

(中略)

そのミュージシャンの顧客価値の創造量とは関係なく、全てのミュージシャンには、無条件で「少しでも楽な仕事で少しでも多くの著作権使用料」が与えられるべきで、それは「ミュージシャンが持つ不可侵の権利」だ、ということを前提とする社会は、果たして現実的に成立可能なのでしょうか?


おそらく、それは成立不可能だ、というのが、現時点での主流派の直感なのではないでしょうか。

それは、相次ぐインディーズブランドの破綻や、CD売上の崩壊から、多くの人が思い至った結論なのだと思います。


(以下略)

経営がわかっている労働者と、わかってない労働者の格差が拡大していく理由 - 分裂勘違い君劇場
↑を読んでネタにするならこんな感じ。

別にすべてのミュージシャンが食えなくなったって私はいたくも痒くもないが、このところニコニコ動画を浴びるように観て、無数のミュージシャンの曲を聴いて思うところを書く。

ニコニコではミュージシャンとかアーティストとは呼ばずに、プロデューサーと呼ぶのな。で、それは正しい用語のつかいかただと思うよ。
人に何かを聴かせたいのなら、そりゃ自分をプロデュースする能力を持たなきゃならんだろ。

音楽は聴く人がいて始めて音楽なのであって、いなけりゃただの音波だろう。もちろん千年後の誰かに聞かせたい音楽ってのもありうるだろうけどね。

ネタとはべつにドラッカーは、読んでおいて損はない。
著作がビジネス書コーナーに並んではいるが、ドラッカーは美学だけで生きているような芸術家肌の書き手で、「プロフェッショナルの原点」にも「何をもって記憶されたいか」とか「そんなことはない。神々が見ている」とかホントいまどきの不正な経営者に読ませたいエピソードが収録されている。この二つのエピソードだけでも読む値打ちがある。

ドラッカーにはナチスの黒魔術を打ち破った魔道師なところもある。キリスト教神学とかになじみのない日本で神学者キルケゴールとの関係をしっかり議論するのも難しい。サルトルキルケゴールから実存主義を引き出したんだが、凋落してキルケゴールへの関心も途絶えている。アメリカ人
現代思想に入れるのはフランスでは違法なようだし、ドラッカーを反サルトル実存主義者の一人として捉える見方とかも存在した形跡を見つけられなかった。

ドラッカーは引きこもり国家だったアメリカを世界帝国たらしめた張本人でもあるはずなんだが、そこに賛否両論とか毀誉褒貶がないんだよな。単に気づかれてないだけだろう。アメリカ帝国の透明な大神官とでもいうべきなんだろうか。