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アメリカ版「教科書問題」

人間の複雑な細胞の構造は進化論だけでは説明できず、「高度な理知」の手が入ることにより初めて完成する

まいどおなじみのアメリカ版「教科書問題」。進化は何百万年もかけて実験することができないのがポイント。
抽象数学の大伽藍を経てのち、現実をあつかう実験科学や工学のエンジニアな世界に目覚めた私からすると、バイオテクノロジーや天文学と違って、進化論や宇宙論というのは認識についての議論を延々とやっている理論オタクの世界。ヒマだなあという感じ。具体的な話をしよーぜ。結局、抽象化、一般化しすぎていて、神学論争にしかなっていない。
 それよりも興味があるのは実は、こそっと書いとくと進化論の「利権」だああ。社会ダーウィニズムはイギリスの世界支配を正当化するために使われた議論だったはず。「汚れた進化論」ってのは常識じゃねえのか。歴史に学べばリチャード=ドーキンスなどの現代ダーウィニズムにも裏に利権があるのではと勘繰りたくなる。たとえばドーキンスを信奉している人のほうが消費意欲が旺盛だとか。そういえば、「勝ち組」「負け組」なんて用語がつかわれだしたのも、ドーキンスが流行って以降だね。もしかすると、現代ダーウィニズムは過去にはモラル的に問題とされ、制限されてきた消費行動を正当化するために使われているのでは。まあ、どっちにしろ仏教徒の私には関係ないっちゅーことで。