ポリティカルコンパスの限界

id:kanemori:20050323ではポリティカルコンパスにつかわれている座標軸の分析をやってみた。
オリジナルはまだ見ていないのでそちらの評価は先送りするが、きちんと整理されている。これは充分使える。
 ついでに付け加えると保守かリベラルかを決定する「家族(保守)か個人(リベラル)か」は「ロミオとジュリエット」のテーゼで、経済政策の右派か左派かを決定する「自由(右派)か平等(左派)か」は何だろ、「スターウォーズ」のテーゼか?

しかし旧来の座標軸がつかわれていないことに気がつく。
その他の政治的対立座標軸を検討してみる。

右翼と左翼

 政治的対立といったときに最初にでてくるが、すでにあまり意味をなさない分類。明らかに使いすぎて手垢にまみれ概念としての使命を終えている。
 ポリティカルコンパスでは保守左派とリベラル左派ということになる。
 日本の国土は狭いのでは自由より平等を優先しているということか。
 右翼=ナショナリズムというのもあてはまらない。安保闘争などでは左翼=反米ナショナリズムだったことは明白。

反米と親米

 かつて岸田秀は日本人は敗戦によって、内的自己(反米)と外的自己(親米)に分裂したと喝破した。
 対米コンプレックスといっても良いだろう。
 反米か親米かは長らく重要な対立軸であった。
 イラク戦争であきらかになったように今も意味を持つ対立。しかしこれはアメリカが衰えてくると意味をなさなくなるんだが。
 この座標軸をはかる質問(「対テロ戦争は必要だと思うか?」とか)をポリティカルコンパスにとりいれて、英語化して全世界ではやらせると面白い。結果を集計したいね

ナショナリズムインターナショナリズム

 上の「反米と親米」に類似。インターナショナリズムとは普遍主義といった方がいいのか。
 近代主義(ヨーロッパ)ー>社会主義(ロシア)ー>グローバリズム(アメリカ)と看板と中心地が変わっているだけで、外来の全世界的普遍性を強調する立場と、それに反発する立場の対立。この対立がなくなることはない。あ、日本発の思想のデファクトスタンダードをつくればいいのか。うーむそれはオタクにまかせた。

ハト派タカ派

 これも思想的対立軸としてはまったく意味をなしていない。「穏健(ハト)か強硬(タカ)か」ってのは基本的に同じ価値観を持つもののグループの内部でなかで、誰をリーダにする時に問題になるだけのことなので。

ゲマインシャフトゲゼルシャフト

 はてなユーザーおなじみの対立軸。このドイツ語の概念について書くとながくなるので簡単に。このドイツ思想はドラッカーを追い出したことも含め、大きな痛手を受けている。このままでは現代に通用しない。「AでもないBでもない第三の道を求めよう」型の議論の進め方には問題がある。かなり暇つぶしのための議論になりがち。

官僚の社会と弁護士の社会

 これ、持論なんだけど、書いておこ。誰か読むかもしれない。
 社会の指導層は誰であるべきか。
官僚中心(東アジア型)か、弁護士中心(アメリカ型)かの対立軸。
これは日本版「文明の衝突」だね。

真の敵

これを考えているうちに自分のなかで一つ結論がでた。
「マイナスの感情を動員して社会を動かしていくやりかた=黒魔道」にたいして警戒しているだけで、他はそれぞれ、背景があって理解可能な立場だとおもう。
 まあ黒魔道への警戒は、政治的立場や思想的立場というより心霊的立場だが。そっちは追求しなきゃならないので。