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そろそろ書くね

 そんなわけで、しばらくキルケゴールドラッカーの関係を読んでいく。
 1950年代にドラッカーのアドバイスをとりいれたトヨタは今や世界的大企業となった。そのトヨタ奥田会長は財界総理だし、今年は中部国際空港の開港に「愛・地球博」とくれば、至極当然にも名古屋でキルケゴールを問うって話になるとおもうので。乗り越えるべき課題も明確になるだろう。金のシャチホコも焦げるぜ。
 とりあえずありがちな誤解をさきにつぶしておかなきゃね。
 ドラッカー経営学者ということになっている。その意味しているところは世界中の企業経営者に読者が多いというそれだけだ。たしかに経営学という学問の歴史を調べれば、彼が始めて体系的な経営学を作ったことは分かる。彼以前には経営学という学問は自立していなかった。ドラッカーは実のところ政治学者にも経済学者にもなれたのだが、彼はそれには満足できなかった。そこにはナチスドイツの経験が強く影響している。ナチスの亡霊と戦うために、政治学や経済学では不十分と見たのだ。(ということは経営学は本当はヒトラーが産み落としたことになるのか?)これは魔道の戦いだから。
だから実際には社会思想家とでも呼んだほうがいい。本人は「物書き」とか「社会生態学者」と自称しているが、そう呼ぶ読者もほとんどいない。
 世の中には経営学についての誤解も多い。それにはおおきく二つあって、「金儲けテクニック集」と「似非科学的数理経営論」だ。どちらも話しにならないようなくだらない誤解だが、意外と多いのでこういう勘違いをまずは徹底的に叩き潰しておく必要がある。
 と、ここまで書いて、はっきりした。ああそうだ。最初にドラッカーの処女作「経済人の終わり」をやろう。名作だもんな。まだ20代のドラッカーナチスドイツという巨大な亡霊と格闘する様子がわかる。ドラッカーの重要性が経営学に関心のない人にも良く分かるから。ええと、「経済人」というのは経済合理性に基づいて行動するEconomicManのことね。あとは神の見えざる手によって調和がもたらされるという。19世紀レッセフェール的な神話での人間観のこと。
 第一次世界大戦によって「経済人」という概念は行き詰まったことがはっきりした。それがナチスソ連を生み出す原動力になったわけだけども、ここは社会と人間の心理の分析がしっかりしていないと書けない。18歳でキルケゴールに熱中したドラッカーが29歳のときにこれを書いている。市場化が進むにつれて登場してくる現代社会の問題の根本の分析だね。ここが抜けてると意味がない。ナチスの体験がクトゥルーの妖怪*1を見る能力を開眼させたのか。(続く)

ドラッカー関係が集まっている翻訳者上田惇生氏のサイト
http://www.iot.ac.jp/manu/ueda/index.html

*1:あ、いつかラヴクラフトキルケゴールの関係も調べてみたいなあデータないけど