神学者としてのピーター=ドラッカー

 「経営学」と聞くと「金儲けのノウハウ」だと本気で思い込んでいる「負け組み」の人もいるので、今日はなるべく勘違いされないように世界的に有名な経営学の大家ドラッカーについて書いてみよう。著作を初めて読んでから15年になるが、いまでも発見が数多くみつかる。
 本屋に行くとマネジメント関連の本がたくさん出版されているんだけど、マネジメントという概念を発明したのがそもそもドラッカーなんだ。彼が経営学を一人でつくりあげたといっていい。
 彼の影響は大きい。トヨタを強くしたのもドラッカーだ。チャーチルニクソンサッチャードラッカーを読んだ。今では多くの非営利組織でドラッカーが読まれている。
 ドラッカーの書いた著作は膨大だが、そのなかに「もう一人のキルケゴール」と題された一文がある。彼は自分では「社会生態学者」といっているので、それ以外は全て社会にかかわる論文である。彼はこの唯一の論文を代表作の一つに自ら加えている。
 これを読むと、ドラッカーの思想が実はキルケゴールの思想の影響のもとに成立していることがわかる。有名な「Think globally. Act Locally」も朝鮮戦争の頃に生み出された。全体主義的哲学ではThink GloballyならAct globallyになるはずだからね。だから思想的に共産主義を叩き潰したのは実はキルケゴールドラッカーのペアである。キルケゴールの問題意識はドラッカーによって徹底的に展開された。社会や組織の一部であることが逃れられない個人がどのように生きることができるのか。「生きること」「仕事をすること」「社会とかかわること」「それらの関係」について詳細に議論を行った。
 ドラッカーの処女作「経済人の終わり」において、第一次世界大戦までの経済至上主義が人間にとっての価値や人間観の問題をなおざりにしていたため、ファシズム全体主義がその間隙を突いて大衆の支持を得てきたことが分析されている。ソ連が崩壊したからといってその問題が終わったわけじゃない。ドラッカーの膨大な著作の中に現代を生きる手がかりが満載されている。
 ドラッカーはかつて日本で広範囲に受け入れられたのに次の世代にそのへんの意味合いがつたわってない。現代文明の中で生きる人間についての問題意識においてドラッカーはずば抜けている。現代文明を批判する類の議論もこの辺ぐらいは踏まえて議論してくれないと、薄っぺら過ぎてわざわざ反論する気にもならない。